名古屋高等裁判所金沢支部 平成11年(う)43号 判決 1999年9月21日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人山崎正美作成名義の控訴趣意書のとおりであり、これに対する答弁は検察官松浦由記夫作成名義の答弁書のとおりであるから、これらを引用する。控訴趣意の論旨は、原判決は、被告人が、原判示日時ころ、原判示パチンコ店内で、小山嘉晄所有の現金約三万二二〇〇円等在中の財布一個を窃取したとの事実を認定したが、被告人が右犯行に及んだと認めるに足りる証拠はないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるという主張である。
そこで、原審記録を調査し、当審の事実取調べの結果を加えて検討する。
関係証拠によれば、原判示日時ころ、小山は原判示パチンコ店六七二番台で、宇野しげ子は六七〇番台で、大井司は六七六番台でそれぞれ遊戯していたこと、右三台は同一方向に一列に並んでおり、それぞれ台に向かっていすが設置され、いすの背後は通路になっていること、六七二番台から六七〇番台は向かって左側二台目、六七六番台は向かって右側三台目にそれぞれ位置していることが認められる。
宇野は、目撃状況等について、原審公判で、「以前に四回程このパチンコ店で被告人を見かけたことがあり、顔を覚えている。原判示日時ころ、被告人が左側の入口の方に居るのを見つけた。被告人はそれから後ろの通路を右の方へ行った。わたしの後ろを通って一メートルちょっと行った所で、急にしゃがんで左手を横に出した。手の先は六七二番台のいすの横の所だ。立ち上がった被告人は、赤茶色ぽい財布のような物を手にしていた。その後は見ていない。小山に財布を落としていないか聞いた。ポケットを探って、ないと言っていた。」と供述しているところ、右は、具体的で、内容に不自然不合理な点はなく、宇野が事実を虚構してまで被告人に不利な供述をすべき事情はうかがわれない。関係証拠によれば、原審検察官請求証拠番号甲一一の写真撮影報告書添付の写真は、原判示パチンコ店設置の防犯ビデオカメラが六七〇番、六七二番、六七六番台やそれらのいすの後ろ側通路付近を原判示日時ころの数秒程の間撮影したビデオテープを再生したものの写真と認められるところ、宇野の供述は右写真ともよく符合している(なお、同番号甲一二の捜査報告書によれば、右写真に表示されている時刻は、右防犯ビデオカメラの内蔵時計が当時は未調整で一五分程遅れていたため、その時間だけ実際より遅れて表示されていることが明らかである。)。また、後記大井、小山の供述ともよく符合している。弁護人は、宇野が原判示日時ころ被告人を見かけた時間を五分くらいと供述した点をとらえ、長過ぎて不自然というが、宇野は、右の点に関して、「被告人は横を見たりして、ゆっくり通っていった。わたしは長く感じた。」とも供述しているところ、このような時間についての供述が必ずしも正確でないことは、実際上しばしばみられるところであって、特に異とするに足りないというべきであり、結局、右弁護人指摘の点が宇野供述全体の信用性を減殺するものでないことは明らかである。右のとおりであるから、宇野供述の信用性は十分である。
大井は、目撃状況等について、原審公判で、「以前に五、六回被告人を見かけたことがあり、顔を覚えている。原判示日時ころ、被告人が左端の台の所からわたしの方に向かってやってきた。二、三メートル離れた所で被告人の左側の下の方を真剣な目つきでじっと見ていた。六七二番台の後ろで腰をかがめて何かを拾った。その後わたしの後ろを通って早足で右手の方へ行った。」と供述しているところ、右は、具体的で、内容に不自然不合理な点はなく、大井が事実を虚構してまで被告人に不利な供述をすべき事情はうかがわれない。その信用性は十分である。
小山は、当時の状況について、原審公判で、「宇野に財布を落としていないか聞かれた。財布はズボンの左ポケットに入れてあったのに、なかった。ないと言うと、財布を拾って逃げた男がいると言われた。財布は座っていて足を組み替えたときに落ちたものと思う。赤茶色の革製で、現金約三万二二〇〇円と名刺など七点が入っていた。」と供述しているところ、右は、具体的で、内容に不自然不合理な点はない。弁護人は財布の在中物に関する供述を問題とする。確かに、小山は当初キャッシュカードも入っていた旨申告していたのに、その後それは他の場所で見つかったという事情があるが、見つかったということは小山自身の申告によることが推認できることからしても、そのような事情があったからといって、他の在中物特に現金についての供述の信用性が失われるというものではない。
被告人は所論に沿う供述をするが、被告人供述については、<1>当時金銭的に困窮していたかどうかについて、原審検察官請求証拠番号乙一の警察官調書では、「収入は行商で月に四、五万円程で、生活は苦しく、サウナで泊まったり、二四時間営業の店で休んだりしている。市に生活保護をくれるよう頼みに行っている。」と供述しているのに、原審公判では、「ネズミやゴキブリ退治の餌を石川県内独占で売っているので、金に困ったことはない。」などと大きく供述を変遷させている、<2>同番号甲一一の写真撮影報告書添付の写真第一号から第五号までに写っている通路に居る帽子をかぶった男が同一人物であることは一見して明らかであるところ、原審公判で、第四、第五号に写っているその男は自分であることを認めながら、第二号に写っているその男は自分ではないなどと、およそ不合理な供述をし、また、当審公判では、写真に写っているその男はいずれも自分ではないなどと供述を変遷させた上、原審公判で第四、第五号に写っているその男は自分である旨言っていないなどと、客観的事実に反する供述をしているといった不審点が指摘できる。
以上のとおりであるから、宇野らの供述は信用でき、これに反する被告人の供述は信用できない。そうすると、前記認定事実を前提に、これら信用できる証拠によれば、六七二番台のいすに座っていた小山が下に落とした財布を通りがかった被告人が勝手に持ち去ったことが明らかであり、原判示事実は優に認定できる。結局、原判決に所論のいうような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。